北海道上富良野高等学校校歌のページ


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このページについて

オメガ君の出身高校たる「北海道上富良野高等学校校歌」の校歌に関する情報をまとめたページ。

一覧

  1. 上富良野高校について
  2. 校歌概要
  3. 歌詞
  4. 楽譜/MIDIなど
  5. その他

上富良野高校について

北海道上富良野高等学校は、1926年に開校された北海道立富良野高等学校の分校として1948年に設置された上富良野分校が1952年11月1日に独立したものである。
2008年には開校60周年を迎え、2018年に開校70周年を控える。

1学年の人数は30余人ほどである。上富良野高校の略称としては「上高」が用いられているようだ。
詳細は以下のリンクから。

校歌概要

上富良野高校の校歌は独立・開校から16年を経た昭和43(西暦1968)年3月1日に制定された。
現在の公式ページには校歌に関する言及が殆ど見られないが、かつては楽譜が公開されていた。下記リンク参照。
1年生は6月頃に行われる宿泊研修1日目の夜にこの校歌を練習して歌えるようになるらしい。

作詞は坂本富貴雄氏、作曲は栗林辰男氏。
校歌制定3年前の昭和40(西暦1965)年時点では、坂本氏は北海道学芸大学(現・北海道教育大学)旭川分校教授、栗林氏は同助教授であったが
校歌制定1年後の昭和44(西暦1969)年時点では、坂本氏は北海道教育大学教授(北海道学芸大は1966年に北海道教育大学(教育学部)に改称)、
校歌制定9年後の昭和52(西暦1977)年時点では、坂本氏は名誉教授、栗林氏は教授となっていた。
また坂本氏は学芸大赴任以前は長らく北海道庁立帯広高女(現・北海道帯広三条高校)の先生として帯広に在住していたとのこと。

両氏とも多くの校歌の作詞・作曲をそれぞれ担当しており、坂本氏の要望により栗林氏が作曲することもあったようだ。
旭川大学高等学校、富良野市立布部小中学校、北見市立三輪小学校、旭川市立嵐山小中学校、旭川市立北鎮小学校などの校歌は両氏が作詞・作曲をそれぞれ担当している。

歌詞

一、
みはるかす[注1] 光る山脈(やまなみ)
学舎(まなびや)の 高き理想よ
おのがじし[注2] 励み進みて
永遠の 真理求めん
新しき 世界を開く
ああ われら われら ニューパイオニヤ[注3]

二、
沃土(つち)かおる 富良野国原[注4]
学舎(まなびや)の かたき誓いよ
開拓の 歴史 (あお)ぎて
たくましき生命(いのち)鍛えん
麗しき 郷土を築く
ああ われら われら 燃ゆる 大志よ

三、
フラヌイ[注5]の 流れ明かるく[注6]
学舎(まなびや)(つど)いまどけし[注7]
友垣(ともがき)の あつき(きずな)
ゆるぎなき 道を(きわ)めん
平和なる 明日(あした)をめざす
ああ われら われら 愛の学徒(がくと)

歌詞・ふりがなの表記は基本的にアーカイブ版に準ずる。

[注1] 【見晴かす・見霽かす】《五他》はるかに見渡す。
[注2] 【▽己がじし】[副]《「己 (おの) が為 (し) 為 (し) 」の意》各自がめいめいに。それぞれに。
[注3] 「ニューパイオニア」とも。
[注4] 広く平らな土地。広い国土。(「海原」の陸地版と考えればよい)
[注5] 富良野の古地名。富良野という地名はアイヌ語の「フラ・ヌ・イ」(hura-nu-i、臭・を持つ・所)が轉訛したもの。本来は富良野川を指し、上流の火山から流れ出る硫黄により川の水が臭うことに由来する。下記外部リンクを参照。
[注6] 「明るく」とも。
[注7] 【▽円けし】まど‐か【▽円か】[形動]と同意。古くは「まとか」とも。「まどけし」は明治以後、詩人や歌人によってつくられた古語風新語(一見、古い時代の語彙にあるようで、実際にはなかった新語)。

楽譜/MIDIなど

北海道上富良野高等学校校歌楽譜 画像01: 北海道上富良野高等学校校歌楽譜

midi対応ブラウザ(IE+WMPプラグインなど)では以下からmidiの再生が可能。

audioタグ対応(MP3/OGGのどちらかに対応している)ブラウザでは以下から校歌の再生が可能。

歌唱入りの校歌は以下の外部プレイヤーで再生可能。

楽譜PDFおよびMIDI/MP3/OGGは以下から。

その他

このページを作成するきっかけとなった動画。


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